*:=:*:=:*スリ ランカ*:=:*:=:*

クラスに1人だけ 白人でも黄色人種でもない生徒が居ました
彼女はスリランカの北部の戦闘地域ジャフナから難民としてカナダにやってきたタミル人の女性でした
20歳は過ぎていましたが『女の子』って感じの人で 今思えば きっと 国ではお嬢様だったのでしょうね
授業で外に行く時『チョット コレ持ってて』と 自分の荷物をクラスメイトに預けたままで 自分で持たないんです!
国では サーバントが居て 全部やってもらってたんでしょうね きっと

この時は 将来自分が その国に行くなんて思いもしませんでした
『スリ ランカの難民』という意味も良く分かってなくて・・・
『スリ ランカは北部の方は戦争してるけど 他は安全だから』と彼女自身言っていたので
『いつ 国に帰るにの?』なんて聞いてしまって 『私は難民なの』と寂し気に答えられてしまったコトもありました

私が青年海外協力隊に応募した時 派遣要請国の中にスリランカがありました
私がこの国を希望した第一理由は『安全だから!』
それは このタミル人の彼女と もう1人 トロントで知り会った元政府関係者で亡命してきたシンハラ人の男性が
『スリ ランカで危険なのは紛争地域の北部だけ 他は安全だよ』と言っていたからです
私は 派遣訓練に入る迄 『スリ ランカは安全な国 生活の治安も良い国』と信じ切っていました!

それが・・・訓練中に コロンボで爆破テロ続発・・・
派遣国別の説明で『スリ ランカに派遣される隊員には ポケベルが支給されます いざという時の連絡用です』と・・・
この説明があった夜 ショックのあまり 私は 38度の熱を出しました
( 体質的に ほとんど発熱しない身体だったのです この頃は )
『選択を間違えた・・・どうしよう・・・生活上の治安は良くても 爆破テロがあるなんて・・・嘘でしょ・・・』
『エ・・・嘘でしょ・・・だって 北部以外は安全だって言ったじゃない〜〜〜嘘でしょ・・・嘘でしょ・・・』
と スリ ランカの説明を聞く度 心の中で 夜 ベッドの中で 毎日毎日繰り返し 思っていました

そして 訓練も佳境に入った ある日 『スリ ランカに派遣される隊員の方 前に来てください』と呼び出しが!
『先日のテロでJICAオフィスにも被害があり 所長の椅子に弾が当たりました
予定通りの派遣は出来ません 派遣延期になりますが 派遣時期は未定です』と・・・

訓練期間中は 『スリランカの現実を知ったショック』&『選択を誤った自分の無知』で
毎日が 不安と後悔で 本当にナーバスでした

実は・・・私は任国変更だと 信じていたのです!
でも 12月のある日 JICAからрェあり『1月13日 派遣が決定しました』と言われた時
『エッ ホントに派遣するんですか? 信じられない・・・任国変更じゃ無いんですか?』と答えた私だったのです
飛行機に乗る寸前迄 実は 行くか 行くまいか 悩みました

結局 派遣されて 1ヶ月経たない内に これまでで最大の爆破テロが起こり
コロンボ最大の銀行が爆破され100人以上が亡くなりました
この時 『自分の身は自分で守らないと!』と 固く決心した私でした!

これから学んだ教訓!
その国 その人によって価値観は違う!というコトです
爆破テロが時々ある = 大したコトではなく安全な国なのです スリランカの人には!
実際 スリランカで生活して・・・私も 今は 同じ気持ちです
攻撃される場所は ある程度決まっているので そこに行かなければ良いんですから

スリ ランカは 現在(2004年1月)ノルウェーの仲介で 和平が進んでいましたが
現在は また 暗礁に乗り上げている状態のようです

『大統領代えないと 和平は来ないよ スリ ランカには』とは 当時 外国人が感じていたコト
今も 大統領は同じです