*=*=*ベトナム*=*=*

クラスは 1/3が 私も含めたアジア人 他は東欧&旧ソ連邦の人達で クラスは 黄色人種と白人に 2分していたように思います
日本人は どちらにも 受け入れられますが 他の人達は お互いに交流しようとしているようにも 見えませんでした
私は1年で自国に帰る日本人ですが 他の人達は『カナダ移民』として これからの人生をココで生活していくのに
必要な言葉を学びに来ている訳で 私とは 立場が違うわけで まあ 当然なのかもしれません
 
アメリカやカナダで ビックリしたことの1つは いろんな民族が交じり合っているように見えて
実は 結構 人種・出身国別に 居住エリアが分かれているというコトです

ベトナムから ボートに乗って亡命した話を聞いた時は 
『目の前に居る この人が あのニュースで見ていた ボート・ポープルの1人なの・・・』と 
何とも言えない気持ちでした。

彼女は 夫と子供2人と亡命したのだそうです
『船の出国日時と場所』の情報だけを貰ってそこに行き 夜 暗闇に紛れて 船に乗り込み 出国するのだそうです

最初の亡命予定の日 ボートが来なくて 中止になり 
2回目で ボートに乗ることが出来たのだそうです
そして 10日間(14日間だったかも・・・)漂流し タンカーに救助されたのだそうです
『私達は ラッキーだった、海の上で 見つけてもらえずに亡くなった人達はたくさんいるのだから・・・』
と 彼女自身の口から聞くと 本当に 重い言葉に感じました

自国の政府・政治に問題があり 自分達の命まで脅かされ 故国を出ざるおえない人達が 世界中にたくさん居るのです
この人達の この苦しみや苦労を考えれば・・・・・
私も人形制作に対する才能の限界を感じていたりして 悩んでいたのですが
『私の悩みは 悩みじゃない この人達の前で[私の悩み]なんて 口が裂けても言え無い!』と思ったのです

『あなたは 日本に生まれて幸せね』と 何人ものクラスメイトから言われました
日本に生まれた幸せを 初めて感じたのは このお話を聞いた時かもしれません

日本に生まれた幸せを 今一度 感じましょうね!!!